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今からさかのぼること20年。のちに「ハイム」と名乗る三姉妹バンドが、地元ロサンゼルスで初めてコンサートを開催した。

記念すべき1stギグの会場は、1931年に創業したL.A.屈指の老舗デリ/レストラン「カンターズ・デリ」。

マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリー、バラク・オバマ元大統領などの著名人も足を運んだというこの店で、

当時13歳のエスティ、10歳のダニエル、8歳のアラナは

アメリカのクラシック・ロックやフォーク/カントリーのカヴァーを披露。

その報酬として、彼女たちは店から“マッツォ・ボール・スープ”をご馳走になったんだそうだ。

 

マッツォ・ボール・スープはユダヤ人の伝統料理で、平たく言うと、ユダヤ風の団子汁。

「カンターズ・デリ」ではオープン当初からの看板メニューであり、ユダヤ系アメリカ人のハイム三姉妹にとっては、

幼い頃から慣れ親しんできたソウル・フードだ。

いまや当代きっての人気ロック・バンドとなった彼女たちがミュージシャンとして

初めて得たギャラは、そんな温かいスープだった。

 

2020年に発表されたハイムの3rdアルバム『ウーマン・イン・ミュージック Part III』は、

「カンターズ・デリ」のカウンターに並び立つ3姉妹がカヴァー・アートを飾っている。

オープニング・トラックのタイトルは、ずばり「ロサンゼルス」。

L.A.のカラッとした気候をそのまま表現したかのような、この小気味良いスカチューンに乗せて、

ダニエル・ハイムは故郷に対するアンヴィバレントな想いを歌っている。

 

そんなニュー・アルバムを引っさげて、2020年にハイムは北米中のデリをまわる“デリ・ツアー”を企画。

「みんなで集まって、マッツォ・ボール・スープでも食べながら演奏しよう」。

しかし、そんなコメントを添えてスタートしたツアーは、

残念ながらCOVID-19感染拡大を受けて続行不可能となってしまった。

 

ツアー再開の目処もいまだ立たない今年6月、

三姉妹は「カンターズ・デリ」のダイニング・ルームでいくつかの新曲を演奏し、

その模様をYouTubeで配信。無観客での演奏とはいえ、ハイムの三姉妹は再び自分たちのホームに帰ってきたのだ。

「帰郷」がテーマのひとつでもある『ウーマン・イン・ミュージック Part III』の楽曲をいちはやく披露するのに、

これほどふさわしいシチュエーションは他になかった。

 

現代的なサウンド・プロダクションとオーセンティックなバンド・サウンドが

ひとつに溶け合った『ウーマン・イン・ミュージック Part III』を聴きながら、

私は口にしたことのないマッツォ・ボール・スープに想いを馳せてみる。

世界のエンターテインメントを牽引し、目まぐるしく変化し続ける大都市ロサンゼルスにおいて、

今も変わらず愛されつづけている「カンターズ・デリ」のマッツォ・ボール・スープ。

ハイムの原点に刻まれているそのスープは、一体どんな味がするのだろう。

(文・渡辺裕也)

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