新連載【続 おはなし、スープ】冒険前夜のチャウダー

更新日:7月21日

はじめに。

今回の「おはなし、スープ」から、文筆家・木村綾子さんにご担当していただきます。

木村さんは、soupn.のマガジン版{SOUPOOL(スープール)vol.1}でも

ご執筆していただきました。

あらたなスープにまつわる本のセレクトとコラム、

想像と感性がはたらく“おはなし”をお楽しみください。


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今月の一冊📖

白鯨 / ハーマン・メルヴィル


※SNOW SHOVELING 中村店主の白鯨コラムはこちらから!

ぜひリレーコラムをお楽しみください♪



物語のイメージを決定づける「味」というものがある。

たとえばそれは、獅子文六『コーヒーと恋愛』ならモエ子が淹れる珈琲だし、川上弘美『いとしい』では、チダさんの作るとうふ。太宰治『斜陽』では当然、グリンピイスのスウプということになる。

登場するのは1シーンだけでも、その味は余韻として物語のなかに残り続け、果ては、味から物語を想起するなんて逆転現象にまで発展するのだから、味覚が刺激する想像力は絶大だ。


メルヴィル『白鯨』において、それはクラムチャウダーなのだった。

 

時は19世紀。物語は、伝説の巨鯨「モービー・ディック」をしとめるため、エイハブ船長率いるピークォド号に乗り込んだ男たちの冒険を綴る。

135章もの章立てからなる本作において、クラムチャウダーが登場するのは物語の序盤も序盤。捕鯨船に乗り込むために上陸したナンタケット島の〈鍋屋〉で、主人公イシュメイルと銛打ちのクィークェグが初めてありついたのが、その味だった。


晩飯に「蛤(クラム)」ね? 冷たい蛤――そういうことですか、おかみさん? この冬場に冷たい貝のもてなしとは、少々冷たかないカイ、おかみさん?


「蛤かね、鱈かね」とだけ聞かれて、わけのわからないイシュメイルが放つダジャレがいい。鮮やかにスルーされるのも、なおいい。その上で、クラムチャウダーのお出ましなのだ。

〈おかみさんの言う「蛤(クラム)」とは、せいぜいはしばみの実ほどの、小さな汁気たっぷりの貝に、砕いた堅パンと、こまかく薄切りにした塩漬けの豚肉とを混ぜ、たっぷりバターを溶かしこんだ上に、塩胡椒を十分利かせたやつだったのだ。何しろ凍えそうな船旅のおかげで食欲はなおのことかき立てられていたし…〉ときて、目の前でクィークェグが夢中で食べる姿が続く。


見渡せば店内は船乗りたちで賑わっていて、あちこちからはうまそうな湯気が上がっている。命を食らい、命を繋ぐ男たちの姿が立ち上がる。おかみさんはぶっきらぼうで、ぐずぐずしている客をすぐにどなりつけるけど、一人でも多くの腹を満たしてあげたい思いがそうさせているならば、それは愛だ。

夜もふけ辺りが闇に包まれても、暖かな灯りをともして男たちを迎えるその店のあることが、この先はじまる壮絶な船旅の、確かな支えになっている。


さてこの小説。世界の名作文学と謳われながらも、2段組みで500ページ超というボリュームかつ難解で冗長(本筋から脱線しまくる)というイメージがあったため、いままで敬遠してきたのだけれど、読んでみたら面白くって驚いた。

上で紹介したダジャレ然り、要所要所で笑わせにかかってくるし、古くは『侍ジャイアンツ』、新しきは『ワンピース』など、少年ジャンプ系漫画のモチーフにもなっているだけに、「友情・努力・勝利」を存分に楽しめる。ソッチ系がどうも苦手な方におかれましては、イシュメイル×クィークェグ、エイハブ×スターバックのBLものとして読むのも乙なもの。エンタメとしての完成度の高さに唸る。


そしてやっぱり、男たちの命を賭けた冒険前夜に、クラムチャウダーの「味」があることが、彼らを白鯨に挑ませる、なによりの活力となっている。


(文・文筆家 木村綾子)




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次回の「続 おはなし、スープ」は、

11月を予定しております。お楽しみに♪





次回の8月はリレー連載最終話。料理家・さわのめぐみさん
による、クラムチャウダーの創作レシピが登場!
2人のコラムから続く一品とは?乞うご期待ください。


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