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【続、おはなしスープ】スープが繋ぐ

今月の一冊📖

スプーンはスープの夢をみる 極上美味の61編 / 早川茉莉 編


友だちがスープを作って飲ませてくれた。

夏からずっと引きずっている蕁麻疹が久しぶりに全身に出てしまって、一晩中眠れず、身も心もへとへとになっていた、初秋の日のことだ。


昼過ぎから集まってNetflixの配信ドラマを一気見しよう。夜は行きつけの和食屋さんで初物の秋刀魚を食べよう。当初はそういう約束だった。その店が出す旬の秋刀魚料理は、秋刀魚とマッシュポテトを和えたものに肝ソースをたっぷりかけてグリルしたもので、これが日本酒と実によく合うのだ。ずいぶん前からスケジュールを調整して、店の予約も取っていた。それが全部パァになってしまった。

頓服薬のおかげで発疹はおさまったものの副作用で体が重だるく、皮膚にちょっとの違和感があるたび服をはだけて全身を確認せずにはおられないほどに、ナーバスにもなっていた。LINEで嘆き続ける私をなだめつつ、「とりあえずうちこない?」と彼女は言ってくれたのだった。秋刀魚と日本酒は避けたほうがいいにしろ、ネトフリを見て蕁麻疹が悪化することなどあるはずないのに、冷静な判断能力さえ失っていたのだった。

 

「無理して食べなくていいからね」

と言って彼女が出してくれたのは、きのことえごまのスープだった。いろいろきのこをお出汁で煮て、えごまの粉末を溶き入れて、最後にお塩で整えただけというそのスープは、土のにおいを味の先に手繰り寄せられるほどに滋味深く、スプーンでひとさじすくって食べるほど、ゆっくり自分自身に戻っていくような、そんなやさしい味がした。

「私が作ってみたかっただけだから」と彼女は言っていたけれど、よくよく調べてみれば、きのこもえごまも皮膚炎症やストレス緩和、デトックスに効果的だと書かれてあって、彼女のやさしさのかたちに触れた。お礼をしようとLINEを開くと、「昨日は料理欲が満たされて嬉しかった、ありがとう」と、かえって感謝されてしまった挙げ句、自分が調子を悪くしたときに助けてくれたスープのレシピをいくつも送ってくれたのだった。

 

〈スープは飲む人だけではなく、託す思いが拠り所となって、作る人も助けてくれる。〉

 

これは、『スプーンはスープの夢をみる』のあとがきに綴られた、編者・早川茉莉さんの言葉だ。

本書は、スープにまつわるエッセイや小説を集めたアンソロジーで、61篇が収録されている。

©️スプーンはスープの夢をみる 極上美味の61編/筑摩書房



〈悲しいときは、熱いスープをつくる〉から始まる長田弘の詩や、〈母の心づくしのおつゆもので守り育てられた〉と回想する辰巳芳子のエッセイ、満月の夜の森で起きたふしぎなできごとを描く角野栄子の童話、〈莢がわたしの心なら 豆はわかれたおとこたち みんなこぼれて鍋の底 煮込んでしまえば形もなくなる〉と陽気にホラーな松任谷由実の歌詞。ユッケジャンにオニオンスープ、きのこのスープに修道院の豆スープ、旅先で出会った名も知れないスープ、魯山人の白菜スープ、茨木のり子のわかめスープ、ジャン・コクトーに愛されたコンソメスープ。スープの扉をひらくと立ちのぼる、湯気とにおいと物語の数々……。

ひと皿ひと皿のスープに添えられた、スプーンとスプーンを繋げるように編まれた本書を読んで感じるのは、スープについて語る言葉には、どうしようもなく、誰かを思う気持ちや時間が溶け込んでしまうということだった。そして、知った名前のスープにも同じ味など決してなく、記憶を重ねようともぴったり重なることなどないからこそ、数珠つなぎにして「わたしだけのスープ」を思ってしまう、そういうことだった。

 


そしてふと、我に返った。

この連載では、毎回スープにまつわる物語を紹介してきた。今回はこんなことを書こう、こんな記憶や思いを重ねよう、そう思って書き始めても、書き進めるうちに、瞬間瞬間の思いやひらめきが言葉になって構想を乱していって面白かった。書き上がったものに自分でびっくりしたり、思いに言葉を当てはめてみて、ああそんなことを考えていたのかと気づかされることもあって、自分が文章を書いている理由をしみじみ感じた。なんだ、これってスープみたいじゃないか。


この連載は今回をもってひとまず小休止。箸休めならぬ「スプーン休め」となるわけだけど、本はこれからも読み続けるし、スープだって、思い思われ作ったり作ってもらったりし続けていくのだろうから、物語の連鎖は止まないのだと思える。

 

そういえば『スプーンはスープの夢をみる』に収められている角野栄子の童話「月夜の森のスープ」に、こんな一節がある。


〈このスープはね、満月のとき、すべての影が一年じゅうでいちばん濃くなったとき、そして初きのこがとれたとき、月の光で煮てつくるのよ。この三つの条件が一つになるときなんて、十年に一度あるかないかよ。あなたは運がよかったのよ〉


彼女がスープを食べさせてくれたあの日の帰り、夜空に大きな満月を見た。

私は運がよかったのかもしれない。


(文・文筆家 木村綾子)















木村さんを初めて知ったのは、雑誌だった。

なんとなく雰囲気のある表情に惹かれ、きっと聡明な方なんだろうな・・・という

勝手なイメージを抱いていた。

ほどなくして、本に携わるお仕事をされていることを知る。

当時、下北沢のB&Bで働いているんだー!となり、

足を運んだこともあった(木村さんはいらっしゃらなかったが)。


そして、soupn.という媒体を手探りで始め、

スープにまつわる本の紹介をしたい!と強く思った。

しかも、レシピ本ではなく、小説の紹介。

そして、『おはなし、スープ』は誕生し、

SNOW SHOVELINGの中村店主から始まり、

続編として、木村さんにバトンタッチ。


ただ、木村さんには、連載の前にsoupn.の紙媒体『SOUPOOL(スープール)』で、

初めてお声かけをさせていただいた。


私の中の憧れの人とお仕事できる。夢が叶った。


2023年には、初めてお会いすることもできた。

声かけるのも緊張。なるべく笑顔で(!)と自分に言い聞かせたなあ

おはなしして、笑顔で、気さくで、かわいいくてと

脳内がハートマークでいっぱいになったなあ


連載コラムは、文章一つひとつがまるで私に話しかけられているかのように、

毎回手に取りすみずみまで読んで、いいほうのため息をする。

女性作家さんのチョイスも個人的に毎回ツボで、

特に吉本ばななさんが上がってきたときには、半分泣いた。


そんな一人劇場はどうでもいいとして、

私の想像通り、雑誌を見て抱いていたイメージは今も続いている。


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