2020年11月、アメリカで4年に一度の大統領選挙が開かれた。
現職で共和党のドナルド・トランプか。民主党のジョー・バイデンか。
今回の選挙では主にその2択が迫られたわけだが、
なかにはそれと異なる選択肢をとった有権者も、じつは少なからず存在する。
とりわけその言動でまたしても注目を集めたのが、カニエ・ウェストだ。
本人のツイートによれば、彼が今回の選挙で一票を投じたのは、カニエ・ウェスト。
つまり、カニエは投票用紙に自分の名前を記入したんだそうだ。
カニエは今年7月に出馬を表明。
結果的には12州での立候補にとどまったが、それでも今回の選挙でカニエ・ウェストに投票した有権者は約6万人いるという。
ちなみに、カニエは4年後の出馬もすでに示唆。冗談であってほしいが、本人は多分それなりに本気だろう。
ともあれ、カニエの発言をいちいち真に受けてはいけない。
この人の妄言はなにも今に始まったことではないし、
そもそもタイトルと発売日まで公表していたニュー・アルバムすら、いまだ暗礁に乗り上げているのだから。
すでに完成済みだというカニエの新作は『Donda』。
母親のドンダ・ウェストに由来するタイトルからして、どうやら今回のアルバムは亡き母に捧げる作品のようだ。
ちなみにカニエが母親について歌うのは、これが初めてのことではない。
なかでもよく知られているのが、
2005年リリースの2ndアルバム『レイト・レジストレーション』に収録されている「ヘイ・ママ」だ。
「ヘイ・ママ」は、とびきりピースフルなバラッド。
ドナル・リースによるゴスペル・ソウル「Today Won't Come Again」からサンプリングした陽気なコーラスに乗せて、
カニエは自分の生き方が母の望みに反していることを詫び、
それでも息子を献身的にサポートしてくれる彼女に感謝しながら、
彼女と共に歩んできた過去を振り返っていく。
なかでも印象的なのが、あるスープにまつわるエピソードだ。
カニエがまだ3歳だった頃。
12月下旬の厳しい寒さで風邪をひいてしまった彼に、ドンダは自家製のチキンスープを用意してくれたという。
風邪をひいたらチキンスープ。アメリカの家庭では昔からそれが定番で、カニエは母特製のチキンスープが大好物だった。
そんなお袋の味を回想し、母に「おかわりしてもいい?(can I have another bowl?)」とねだるカニエ。
茶目っ気たっぷりのラップから浮かび上がってくるのは、ただ母を想う心優しい青年の姿だ。
<僕のことを誇りに思ってほしい>。
カニエは「ヘイ・ママ」で何度もそう繰り返す。
天才の名をほしいままにしながら、近年はその言動からして明らかに混乱をきたしているカニエ。
ドンダの急逝から13年が経った今、カニエは『Donda』という作品で何を語るのだろう。
(文・渡辺裕也)