今月の一冊📖
オリバー・ツイスト / チャールズ・ディケンズ
いきなり私ごとだけれども、この年末年始は実家に篭って本をたくさん読んだ。この読書感想文(ではないけど)のためでもあり、冬休みの課題図書リストを達成する本の蟲の学生かのごとく。そしてそのリストには多くの古典文学を並べた。メルヴィル、ヴァージニア・ウルフ、モンゴメリなどなど。理由はよくわからないけれども、寒い冬に”籠る”ことと、長い物語の親和性みたいなものを確かめたかったのだろう。普段の都市生活からエスケイプして、ホームタウンの懐かしい部屋の片隅で、紅茶を啜りながら物語に没頭する。そんな”お籠り”を自ら好んで実践してみた。そしてそれは実り多いものだった(と思いたい)。
我ながら気に入ってるのは、チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル(年末っぽい!)」から「オリバー・ツイスト」と、立て続けにディケンズを並べたところだ。TVをつけたらおめでたい番組ばかりやってる時期に、19世紀のイギリスの長くて暗くて辛いことばかり起こる少年の物語を読むというギャップは我ながらシュールで、そのコントラストを楽しんだ。
さて、そこで本題というか、今回紹介する物語はその「オリバー・ツイスト」。文学作品のみならず舞台や映画化も数多くされているお話。生まれ育った救貧院でも、徒弟として売られた葬儀屋でも、人間的な扱いを受けたことのない孤児オリバー。何をしてもどこへ行っても辛いことや理不尽なことばかり起きる。どうにかこうにか命からがら街を抜け出すも、助けてもらった少年がロンドンで住居や仕事を世話してくれる人物を紹介してくれるのだが、そこでは更に厳しい状況が彼を待ち受けている。。。苛酷な運命に翻弄される少年とそれを取り巻く人々をドラマチックに描く傑作。
この小説の前半の舞台ともなる救貧院制度などの社会問題を強烈に風刺し、物語の力によってその社会の問題を浮き彫りにし、制度改革の原動力にもなったと言われる。それは元々ジャーナリストだったディケンズのレジスタンスだったのかもしれない。だとするとまさに『ペンは剣よりも強し』。そして哀しいかな、19世紀だろうが2020年代だろうか、いつの時代も悪いことをしても咎められない人たちがいて、悪いことをしなくてはいけない人たちがいるのは世の常なのだろうか。
ところでスープの話どうなった?と、思い始めたみなさん、そろそろですよ。ペンじゃなくてスプーンの時間。
「同情するなら金をくれ!」
とかつての国民的人気ドラマの主人公の名言を引用すると世代がバレてまうのだが、それの元ネタかと思ってしまうような台詞がこの物語の主人公から発せられる。
「お粥をもっとください!」
劣悪な環境の救貧院で生活する孤児たちの意見を代表して(正しくはクジ引きで任命)、オリバーはお腹を満たす量の食事を要求するのだが、その行動が役人から問題視され、彼の立場はより劣悪な環境へと転がり落ちていく。言ってしまえば、そこから始まる彼の不運が雪だるま式に膨らむ生き地獄のような暮らしの引き金ともなるシーンだ。そしてその後も随分と長いページ数を使って、悔しく悲しいことしか起こらない。それでもオリバーの真っ直ぐな人間性は僅かな希望を抱かせる。そして物語は(当然)思わぬ方向へ進むのだが。そうこなくっちゃ。
この物語を読んでいると、この名台詞「お粥をもっとください!」に代表される切実さなのか、気がついたら喉の渇きのような、飢えのようなものを感じてくる。オリバーの生命維持に対する欲求みたいなものがヒシヒシと伝わり、読者までも一時的に貧困に陥り、文字どおり喉から手がでるほどに何かを食べたくなる。例えばそうだな、夏の日の部活の過酷なトレーニング中に妄想する水とか、激しい肉体労働の後の白ご飯とか。そんなわけで、残念ながらとでも言うべきか、今回は美味しそうな食事のシーンとかそんなものは出てこない。そこで描かれるのは「飢え」であり、生きるための「欲求」のようなもの。
本を読んで、食事のシーンなどで「おいしそうだな〜」とお腹が空くことはよくあるけれど、少年の過酷な人生の物語を読んで、お腹が空くどころか飢えを感じることもあるのだなと。そんな不思議な気持ちになりながら、あの物語のあのシーンで、温かいお粥(できれば具の入ったやつ!)を子供たちに与えることができたら、彼らが味わう味はどんなものだったろうかと想像してみる。そのとき、それが叶ったとき、彼らはなんて言うのだろう。
(文・SNOW SHOVELING店主 中村秀一)
※本稿は、2022年1月に寄稿いただきました
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