細川亜衣さんによる【旅と世界とスープ】の第3回目は、
韓国の旅の思い出とそれにまつわる料理について、綴っていただきました。
trip.3
★旅の記憶
昨秋、1年ぶりに韓国を訪れた。
仁川空港からピカピカの長距離バスに乗り込み、驚くほどゆったりとしたシートに腰掛ける。これなら長距離の旅もなんのそのだ。数時間の旅を経て南へ、向かうのは大田(テジョン)だ。
ハングルは聞くのも読むのも全く無理なので、あらかじめ送っていただいていた停留所の写真の風景を頼りに下車し、本当にここでいいのだろうかと不安な気持ちで降りて待つ。
「お待たせしてごめんなさいね!いらっしゃい!」と笑顔の”お父さんとお母さん”が迎えにきてくれた。懐かしい顔。ほっとして緊張がほぐれる。
”お母さん”はもともと韓国から飛行機に乗って、毎月のように熊本の料理教室に通ってくれていた。しばらくして、「ぜひ、今度は韓国に料理を教えに来てください」とお誘いをいただき、訪れたのが彼らが暮らすテジョンだった。
私が勝手に”お父さん、お母さん”と呼ばせていただいているが、ご夫妻は私とそこまで歳が離れているわけではない。しかし、共に食卓を囲んでいるうち、いつしかお二人のことを韓国の父母のように感じるようになった。
テジョン滞在中は、朝昼晩の食事をご一緒してくださる。
朝食はどんなに朝早くても、ご自宅でいただく。私がお客様のための料理の仕込みをしている間、ごはんを炊き、チゲを作り、のりやキムチ、ナムルなどを小皿に盛り分け、あっという間に豊かな食卓ができあがる。韓国では当たり前の風景なのだろうが、ふだんパンと飲み物だけのごく簡単な朝食しかとらない私にとっては、久しぶりに帰る実家の食卓のようで、すっかりお二人の子どもになったような気がしてしまうのだ。
料理は基本的にお母さんの担当だが、お父さんも料理が好きで、熊本の料理教室にお揃いで来てくださることも少なくない。
「料理好きのご主人でいいですねえ」と言うと、
「料理をするようになったのは亜衣先生の教室に行くようになってからなんですよ」と。
一人でも料理好きな人を増やすことができたのなら、うれしい限りだ。今回の滞在でも朝のチゲはお父さんが用意してくれたのだが、文句なしのおいしさだった。外国を訪れ、未知の料理を外の店で食べるのは旅の醍醐味だが、家での食事は素材や作り方まで丁寧に教えていただけるので、毎回、たくさんの学びがあり、より貴重な経験になっている。
昨秋のテジョンの旅では、特に印象に残っているスープがある。
”干しだらと豆もやしのスープ”だ。
20代でイタリアへ渡るまで、私は干しだらというものを食べたことがなかった。新鮮な魚が流通しないイタリアの山間部では様々な”たら料理”がある。たらは干しだらまたは塩だらで、戻す手間もかかる上にどうせ魚を食べるのであれば、新鮮な身の食感や香りを楽しみたい思いが強く、積極的に食べることはなく過ごした。
韓国では、ソウルに有名な干しだらのスープ専門店があると聞き、もう何年も前に現地の友人に連れて行ってもらったことがある。大鍋で煮込まれた干しだらのスープとキムチとごはん一択の定食は潔いおいしさで、たっぷり、熱々のスープは韓国の寒い朝に身に沁みた。
しかし、厨房を覗き見して巨大な鍋の中を目にし、秘伝のレシピで厳選された食材を長時間煮込んで作ること、たくさん作るからのおいしさ、そして、長年に渡る様々なお店のこだわりを想像し、これは一朝一夕にできる味ではないと思い知った。
それが、テジョンの朝食にさりげなく登場した”干しだらと豆もやしのスープ”は作り方は、ごく簡単な上に、あっさりとしてむしろ日々食べるのにはうってつけの味わいだった。
干しだらの頭を使って別でだしを取ることもなく、割いた干しだらだけでささっと作ることができるのもいい。
大切なのは、えごま油でじっくりと干しだらを炒めること。そして、豆もやしを加えたら、あみの塩辛、青唐辛子、にんにくなどの香りのものを漉し器に入れてつぶしながら香りを出すこと。香りはするのに具として存在しない。そのそこはかとしたおいしさがとても気に入ってお母さんに伝えると「夫があみの塩辛がそのまま入っているとボソボソするのが嫌だって言うのよ。だから漉して香りだけを移して作るの」あみの塩辛はもともと小さなもので、私はその食感など気にしたことがなかったが、なるほど、お父さんの好みで今の形に落ち着いたのだな、と納得がいった。
家族の好みで作り方が変わる。そうやって、料理はそれぞれの家庭で、それぞれの町で、
国で少しずつ変わって根づいてゆくのだ。
だから世界をめぐる料理の旅はやめられない。
家の台所だからこそ、わかること、学べる味。
一家庭の一つの料理が私に与えてくれるものは計り知れない、と改めて思った一皿である。
★記憶のレシピ
「豆もやしと干しだらのスープ」
〈材料〉※約4人分
・豆もやし 100g
・干しだら 20g
・えごま油 10g
・あみの塩辛 大さじ1
・青唐辛子 1本
青ねぎまたはにんにく 1/2かけ
・水 1000g
(仕上げ)
・白ねぎ 1本
・いりごま 適量
〈下準備〉
・豆もやしは洗って、冷水につけておく。
・干しだらは、食べやすい長さに切る。
〈作り方〉
①鍋を中火で熱し、えごま油を引いて干しだらを炒める。
②水を半カップほど加え、干しだらが柔らかくなり、旨みを増すまでじっくりと炒める。
③豆もやしの水気をざっと切って加え、残りの水を加えて強火で煮る。
④豆もやしにほどよく火が通ったら、みそ漉しにあみの塩辛、青唐辛子の小口切り、青ねぎの小口切り、またはつぶしたにんにくを入れてつぶし、味を出す。
⑤味をみて塩で味をととのえ、仕上げに白ねぎを斜め切りにして加える。
温めたうつわによそい、いりごまをふる。完成。
(文とレシピ・細川亜衣)
次回の「旅と世界とスープ」は2024年6月を
予定しています!お楽しみに。
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