今月の一冊📖
神様の庭 / 角田光代(アンソロジー『チーズと塩と豆と』収録作)
実家にいた頃は料理をまったくしなかった。
しないどころかちょっとした手伝いを頼まれることさえわずらわしく、「食事」と「家族」が類語であるような日常がうっとうしくすら感じていて、そこに孤独がないことを、
とても不自由に感じていた。
手伝いをしなかったため、私には母や祖母から習った料理がほとんどない。実家の味を受け継ぐことなく上京し、それでもやはり生きるためには必要なごはんを作り続けて25年が経つ。
アンソロジー『チーズと塩と豆と』収録作、角田光代著「神さまの庭」の主人公もまた、個人的な喜びや悲しみ、くやしさや安堵、そして喪失さえも、すべて家族との食卓に乗せて共に味わうような日常に違和感をおぼえ、そこから抜け出した者のひとりだ。
単身バルセロナでの生活をはじめた主人公は、「食事」が自分だけのものになった幸福を得る。それは誰と、何を、いつ食べても咎められない自由さを持っていて、「家庭」や「女の仕事」から切り離され自立したものでもあった。彼女がそれらに居心地の良さを感じるたびに、古い慣習の染み付いた故郷を恥じ、彼女を「家族の食卓」から遠のける決定打となった父親の、ある振る舞いを、繰り返し恥じるのだった。
それにしても、さまざまな人と出会い、いくつもの国を旅することで世界を広げていったはずの主人公が、やがて父親と同じ料理人の道を歩むことになるというのは、なんとも数奇なことである。
ゲストハウスの料理番を経て、難民キャンプの料理人に。
行く先々でその土地の料理を覚え、居合わせた者の出身国を踏まえてその日の献立を考える。ほんのいっとき食事を共にして、分かち合えることだの解決できることだのがあるわけでないことくらい分かっているから、せめて今日という日を乗り越えるための料理を彼女は作った。肩を寄せ合い食事をする光景は、貧しさにも豊かさにも侵されることなく似るもので、かなしみを孕(はら)んでいても揺らがない美しさのあることを、経験から知っていった。
しかし皮肉なことに、一期一会の食事を作り続けるほどに、恋人と囲む食卓の数は減り、関係も決定的なものになってしまうのだった。
〈和気藹々と話してどこがいけない?
最後の時間の記憶が幸福な食事の光景じゃ、なぜいけない?〉
蛸のカルパッチョ。ツナと卵のサラダ。豆のスープ。鶏のトマト煮込み。

最後の夜も恋人の好きな料理を並べて、別れ話の最中にも食べる手を休めない彼女に、恋人は呆れた。読みながら私も呆れかけたのだが、彼女の発したこの言葉に、視界がぐにゃりと歪んだ。
彼女を「家族の食卓」から遠のける決定打となった父親のある振る舞いとは、末期の胃癌に冒された母親の病状を伝えるために、家族や親族を集め、まるでお祝いのような食事会を開いたことだった。
それに似たような出来事が私にもあって、その経験が、いつまでも理解し得ないこわばりとなって私の中に残っていたことに、はたと気づいたからだ。
母方の祖母は、死ぬ間際まで家族や親族の食べる心配ばかりしていたことを思い出す。
口からものを食べられなくなってからも祖母は、正月になると親族を集めて宴会を開いた。それが最期になった年には、とうに寝たきりの状態だったから、家に招くかわりに店を予約し、やっぱりそこに親族を集めた。
祖母だけがいないその席で一同は大いに盛り上がり、飲み、食べ続けた。食べ終わると病床の祖母の元へと赴き、もうなにも食べられなくなった祖母にたいして、その料理がどれほど美味しく、その夜がどれほど楽しかったかを嬉々として伝えた。
私もその場にいたのに、ひとりだけ置いてきぼりを食らってしまったような居心地の悪さを覚えた。そんな思いをずっと引きずっていた。
〈ただしいかそうでないか、わたしにはわからない。けれどわたしたちは、そういう方法しか知らないのだ。わたしは今、ようやく理解する。あの日のことを。父のことを。そういう方法しか知らない大人たちのことを。〉
彼女の気づきは私のものとなり、彼女の記憶が書き換えられていく光景を、自分ごとのように見ていた。不器用な者たちが必死で作り上げた幸福な食卓を、いままでなぜ、まっすぐ見ることができなかったのか──。
この夏、何年ぶりかに実家に帰省する。
すでに両親兄弟家族間では、その夜皆でなにを食べるかという話題で持ち切りらしい。
私に受け継いだ味はほとんどないけれど、故郷を離れて、多くの人や本と出会い、広い世界を知った経験を、料理に活かすことならできる。
たとえばそう。『神さまの庭』なら、チョリソ入りの豆のスープ。
チャコリにもワインにも合うというから、酒飲みの我が家の食卓にもうってつけだろう。
(文・文筆家 木村綾子)

次回の「続 おはなし、スープ」は、
2023年12月を予定しております。お楽しみに♪